マリウス丘付近の縦穴の詳細説明

この穴について、21ヶ月におよぶSELENE観測運用の間に、TCは5回、MIは4回の観測を行っており、中には、後期運用における50km高度からの観測もありました。これらの観測結果から、穴はほぼ円形、その直径は60~70mであることが確認されると同時に、40°以上もの高い太陽高度のもとでも、陰が存在することから、深い縦穴であることが容易に想像されました。

9度の観測は、様々な太陽高度において行われていたので、穴の直径と、太陽高度が分かれば、太陽が縦穴の垂直壁を照らす長さ(深さ)は単純に幾何的に推定できます。TCは、前方視、後方視ともに傾いていますし、MIもまた、直下視以外のバンドは前方視的、後方視的になっています。つまり、TC、MIともに、穴を若干斜めに見ることになります。太陽高度が低いときの撮像結果から得られた縦穴の深さは、幾何的に推定される深さと一致していました。つまり、この穴は、ほぼ垂直な壁を持つ「縦」穴と断定でき、その壁は少なくとも地表面下60mまでは続いていることがわかったのです。

しかし、太陽高度が高い時の観測においても、縦穴の中に日照部分が観測されています。幾何的な条件から同様の推定を行うと、縦穴は数km地下にまで及んでしまうことがわかりました。またそのような場合、壁の日照部分はもっと暗くなっていておかしくありませんが、そうなっていないようです。ということは、この縦穴には底があり、カメラはそれらを観測したと考えるのが自然です。底があると仮定して、推定してみると、高い太陽高度のデータからは、どれも80~90m程度の値を出すことがわかりました。つまり、高い太陽高度において、カメラは縦穴の底を観測していたと結論されるのです。

直径60~70m、深さ80~90mにおよぶ縦穴は、通常の隕石衝突では出来ません。通常の隕石衝突であると、直径と深さの比は、深くても5:1程度です。1:1のような縦穴は異常です。私たちは、地下に空洞があると考えるのが一番自然と考えています。実際、縦穴の周りには何か飛び散ったような物質はありませんので小火山が噴火した結果できたものとは考えられません。また月のサンプルからは、月は非常に乾いているところであることが分かっており、噴気があったとは想像しにくいです。この縦穴の存在する場所が、非常に火山活動が高かったマリウスヒルズという領域にあること、そして溶岩が流れた痕であるリルとよばれる地形の中程にあることから、縦穴は、その下に存在している空洞である「溶岩チューブ」(または「溶岩トンネル」)につながっている「天窓」(skylight)である可能性が高いと考えられます。

溶岩チューブは、溶岩が流れだした後に出来る空洞で、日本でも富士山麓に多数有る洞窟の殆どがそうです。これらは風穴とか氷穴とよばれていたりもします。ハワイのキラウエア火山の麓では、チューブが形成されている過程が見られます。富士山やハワイの土は玄武岩でなっており、月の海の土と同じで、月にも当然溶岩チューブができておかしくないとされてきました。

もし地下に、溶岩チューブが存在しているとして、そのチューブの横幅を、単純な梁理論に基づいて計算をしてみると、最大370mにも及びうることがわかりました。チューブが、この横幅よりもり大きな横幅を持つとなると天井が自重で崩壊してしまいます。なお、ここで求められたのは、取り得る最大横幅ですので、小さい場合ももちろんあり得ます。一方、今回使った理論はかなり単純化した場合のものであり、実際には例えば天井がアーチをなせば、もっと強度が高まり、横幅は更に広くなっている可能性もあります。また、もう少し天井は厚いかもしれず、その場合も、溶岩チューブが取り得る最大横幅はもっと大きくなり得ます。一方、梁とみなしたチューブの天井における引っ張り強度が、推定に使った値より弱いかもしれません。チューブの横幅が、先に求められた370mより小さいことも十分考えられます。

縦穴はリルの中にありますが、丁度この縦穴のあたりのリルは、リル形成後に噴出したと思われる溶岩の層で覆われている事が、私たちの研究で分かりました。縦穴の下の溶岩チューブが、このリルに沿って形成され、その一部が新しい溶岩で覆われることで、無数の隕石衝突から保護されてきたのだとすると、チューブは上流、下流に、数十kmにも渡って延びている可能性があります。

縦穴に続く溶岩チューブがあるとして、その横幅は実際にどれくらいか、どれくらいの長さがあるのかを知るには、今後更に詳しい調査解析をする必要がありますが、過去に多くの研究者が指摘してきたように、非常に巨大なものである可能性があります。


(文責 地形カメラ観測機器チーム主研究者:JAXA宇宙科学研究本部 固体惑星科学研究系 助教  春山 純一)